スマートウォッチよりも意見が分かれるのは、それをどのように身につけるかという問題だろう。

不自然だと感じることを、より自然に感じる方法だ。

時計愛好家のあいだで意見が分かれる最大のポイントのひとつとして、スマートウォッチが(例えばApple Watchなど、もちろんどのモデルにも言えることなのだが)、これが本当に時計なのかどうかということだ。当然この議論は定義の問題ではなく、腕に装着できるものに対する賞賛すべき広い心を表現しているのか、あるいは電子リストデバイスとその象徴に対する賞賛すべき嫌悪感を表現しているのかのどちらかである。

スマートウォッチよりも意見が分かれるのは、それをどのように身につけるかという問題だろう。この記事を読んでいる人には、スマートウォッチを機械式時計の代わりに使っている人はいないと思うが、スマートウォッチを使っている人(私は普段Apple Watchを使っている)は、もう片方の手首に機械式時計をつけていることが多い。

これは理にかなっているものの、実際には奇妙に感じられるはずだ。しかし、長年の習慣により私たち時計愛好家は、ひとつの時計を身につけることに慣れてしまっているため、ふたつの時計を両手に身につけることは間違いなくおかしいと感じる。しかし、何年か続けているうちに、スマートウォッチと機械式時計の組み合わせが、もう少し自然に感じられる方法があることに気がついたのだ。

大小2つのつけこなし

片方の手首に時計をつけるということは、左右で非対称になるということであり、それぞれの手首に同じような大きさのものをふたつつけるということが普通ではないために、違和感がある。では、どうすればいいのか? 慣れ親しんだ(固有受容)感覚を利用して、質量、サイズ、またはその両方の点で、どちらかの時計がもう一方の時計を圧倒するようにすればいい。

41mmや45mmのApple Watchは、Fitbitのような目立たないものに比べてかなり大きなスペースを占める。そのため、目立たないもの(例えば、タンク ルイ カルティエ)や比較的目立ちにくいもの(ロイヤル オークオフショアとか? おそらく)などと組み合わせることは、基本的に同じものをふたつけていないと感じさせる、最も基本的な方法のひとつである。 いずれにしても、技術的にはふたつの時計を身につけていることに変わりはないが、それは冗長さを感じさせず、多様性の謳歌しているように感じられることだろう。

【関連記事】:http://dokudantomioka.iihana.com/mdiary/upfile/diary.cgi

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です